大判例

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大阪高等裁判所 昭和61年(行ス)1号 決定

抗告人

大阪入国管理局主任審査官

長谷川清

右指定代理人

中本敏嗣

外二名

相手方

高京伍

相手方

許利子

相手方

高初子

相手方

高美子

相手方

高順子

相手方

高城一

相手方高初子、同高美子、同高順子、

同高城一四名法定代理人親権者父

高京伍

許利子

右相手方六名代理人弁護士

徳永豪男

木内道祥

長野眞一郎

主文

一  原決定主文第一項中、相手方高京伍に関する部分を取消す。

二  相手方高京伍の本件申立中、抗告人が昭和六〇年一〇月二五日付で相手方高京伍に対し発付した退去強制令書に基づく執行につき本案事件(大阪地方裁判所昭和六一年(行ウ)第二号)の第一審判決言渡しの日までその停止を求める部分を却下する。

三  原決定主文第一項中、相手方許利子、同高初子、同高美子、同高順子及び同高城一に関する部分を次のとおり変更する。

四  抗告人が昭和六〇年一〇月二五日付で相手方許利子、同高初子、同高美子、同高順子及び同高城一に対して発布した退去強制令書に基づく各執行は、各送還部分に限り、本案事件(大阪地方裁判所昭和六一年(行ウ)第二号)の第一審判決言渡しの日までいずれもこれを停止する。

五  相手方許利子、同高初子、同高美子、同高順子及び同高城一の本件申立中、右退去強制令書に基づく各収容部分の執行につき、右本案事件の第一審判決言渡しの日までその停止を求める部分を却下する。

六  本件申立費用及び抗告費用は、相手方高京伍と抗告人との間に生じた分は相手方高京伍の負担とし、相手方許利子、同高初子、同高美子、同高順子及び同高城一と抗告人との間に生じた分はこれを二分し、その一を相手方許利子らの、その余を抗告人の各負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由

抗告人の本件抗告の趣旨は、

(一)  原決定主文中、第一項を取消す。

(二)  本件申立中、抗告人が相手方らに対し昭和六〇年一〇月二五日付で発付した退去強制令書に基づく各執行のうち、本案事件(大阪地方裁判所昭和六一年(行ウ)第二号)の第一審判決言渡しまで執行停止を求める部分をいずれも却下する。

(三)  本件申立費用及び抗告費用は相手方らの負担とする。

との裁判を求めるというのであり、本件抗告の理由は別紙1乃至5記載のとおりである。

そして、右に対する相手方らの意見は別紙6乃至13記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によれば、相手方らの本件執行停止の申立は、法務大臣が昭和六〇年九月三〇日付で相手方らに対してした出入国管理及び難民認定法(以下、法という。)四九条一項に基づく相手方らの異議申立を理由なしとした裁決(以下、本件裁決という。)及びこれを前提として抗告人が相手方らに対し同年一〇月二五日付でした退去強制令書発布処分(以下、本件令書発布処分という)の各取消の請求を本案とするものであることが明らかである。

2  そして、相手方らの生育歴、生活歴、家族関係、本邦への出入国の経過、本邦における潜居、残留の経緯等の事実についての当裁判所の一応の認定は、次のとおり訂正、付加するほか、原決定の理由説示二の2に説示するところと同一であるから、これを引用する。

原決定四枚目表一行目「逮捕され、」の次に「山口地方裁判所下関支部において昭和三五年九月二二日出入国管理令違反事件で懲役六月執行猶予三年間の判決言渡を受け、」を挿入し、同表末行の「逮捕」を「現行犯逮捕」と訂正し、四枚目裏一行目「され、」の次に「同年八月二五日、東京地方裁判所において外国人登録法違反事件で懲役八月、執行猶予三年の判決言渡を受け、」と挿入し、六枚目表二行目から三行目にかけて「昭和一七年」とあるのを「昭和一四年」と訂正し、五枚目裏四行目「不法入国し、」の次に「かねてひそかに連絡をとりあつていた」を挿入し、同一一行目の「発覚するに至つた。」の次に「そして昭和六〇年一月一六日大阪地方裁判所において外国人登録法違反事件で懲役一〇月執行猶予二年の判決言渡を受けた。」を挿入し、六枚目裏九行目「居住した。」の次に「そのため一旦大阪地方検察庁では、許に対し外国人登録法違反事件で立件したが許の逃亡のため中止処分とせざるをえなかつた。」を挿入し、七枚目表四行目「していた。」の次に「そして昭和五九年一二月二六日東大阪簡易裁判所において外国人登録法違反事件で罰金五万円の略式裁判を受けた。」を挿入し七枚目裏二行目「現在」から四行目までを、「現在(昭和六〇年一一月当時)、初子は大阪市西成区梅南二丁目五番二〇号所在の学校法人金剛学園の経営する大阪韓国中学校二年生、同美子は同じく学校法人金剛学園の経営する金剛小学校六年生、同順子は同校五年生、同城一は同校二年生である。」と改め、八枚目表初行の前に、次を挿入する。

「(四) 前記の如く相手方らの不法入国及び残留が大阪入管に申告、発覚後、大阪入管では昭和五九年一〇月二五日入国警備官による法違反事実の調査が開始され、調査の結果、高、許、については法二四条一号、初子ら四名については法二四条に各該当するとの容疑で入国審査官に引渡された後、同審査官は、昭和六〇年一月三〇日高について二四条一号該当、同年四月三〇日許について二四条一号該当、初子らについて法二四条七号該当の認定を行なつた。これに対して相手方らはいずれも特別審理官に口頭審理を請求したので、同審理官は同人らの口頭審理を行なつた結果入国審査官の前記各認定には誤りがない旨判定しその旨を同人らに通知した。

そこで相手方らは右判定に対し法務大臣に異議の申出をしたところ、いずれも理由がない旨の裁決が昭和六〇年九月三〇日なされ、この旨の通知を受けた主任審査官は本件裁決結果を一〇月二五日同人らに告知するとともに本件令書発付処分に至つたものである。ところで相手方らに対しては許の入院治療等を理由に一旦仮放免の措置がとられ幾度か期間延長がはかられたが、昭和六一年二月一八日長崎県大村市において韓国領事による領事面接が行なわれ、相手方らの諸事情が聴取された上、日韓当局者間の折衝をへて三月二七日出発予定の送還機による送還者名簿に同人らも登載された。しかるところ同人らは昭和六一年一月一六日大阪地方裁判所に対し右各処分の取消訴訟を提起中、同年三月二四日(送還直前)に至つて本件執行停止の申立に及んだものである。

なお相手方高京伍の前後三回に亘る不法入国も、同許の不法入国にあたつても、同人らはいずれも本邦への定住意思の存在等はともかく、見つかつたら本国送還されることを十分認識しながら出稼目的でいわゆる密航入国したものであり、両名とも四〇代の働きざかりの壮年男女であり、相手方初子ら四名を除いては本邦内にその扶養を必要とする係累は全く在住しておらず、他方本国には許の母や姉三名、先夫との子や、高京伍の長男、姉らが居住しており、また相手方らが退令執行の結果、帰国後その生命、身体の安全が危ぶまれる事情は全く存しない。」

3  相手方高京伍の申立について

前記事実によれば、相手方高京伍は法二四条一号に該当することが明らかであるところ、同人は過去においても、昭和三五年七月出稼目的で本邦に不法入国し出入国管理令違反で処罰され強制送還されたにもかかわらず昭和三六年三月に再び出稼目的で本邦に不法に入国し、強制退去手続に付されたことがあり、しかも右二度目の不法入国中の昭和四五年五月には警視庁荻窪警察署に暴行及び外国人登録法違反容疑で現行犯逮捕され、続いて同年八月東京地方裁判所において外国人登録法違反事件で懲役八月執行猶予三年の判決言渡を受けるなどの前歴があり、その前後に逃亡して仮放免を取消されていること、その後昭和四八年一一月、第二回めの不法入国が発覚し退去強制処分により本国に送還されたにもかかわらず、一か月もたたない同年一二月三たび本邦に不法入国し、かねて連絡しあつていた相手方許らの潜居先に居住し、以来昭和五九年五月、大阪入管に申告し不法入国及び残留の事実が発覚するまで、大阪市内において潜居していたこと、そしてこの発覚後大阪地方裁判所において外国人登録法違反事件で懲役一〇月執行猶予二年の判決言渡を受けているものである。

ところで同人が本邦に潜居、居住していた期間は前後二〇年余にわたり、その間相手方許利子と婚姻して相手方初子ら四人の子女をもうけ家庭生活を営み、許とともに洋傘製造業を自営していたものであるけれども、高及び許の前記不法入国は、いずれも見つかつたら本国送還を認識しつつ出稼ぎ目的でなされたものであり、その生活実態は、本邦内において違法な残留状態の継続として営まれ形成されたものであつて、これを目して相手方高らが本邦において合法裡に生活基盤を築くに至つたものとは認め難い。しかして相手方高京伍は現在健康であり、前記生活歴、職歴が示すように十分な稼働能力を有するものであつて、かつては本国において農業や船員などをして働いていたこともあり、本国にその長男や姉らがなお健在で、帰国後稼働し生計を立てるのにさしたる支障もないものと認められることその他本件記録によつて窺いえられる諸般の事情に徴すると、本件裁決が人道上の配慮を欠いているということはできず、その他相手方高が主張する諸事情を考慮しても、法務大臣の判断に裁量権の濫用ないしその範囲の著しい逸脱があつたとは認め難い。そのほか、本件記録を精査しても本件裁決及び本件令書発布処分について相手方高京伍主張の如き瑕疵があると認めるに足る資料は存しない。よつて本件裁決及びこれを前提とする本件令書発布処分に取消しうべき瑕疵があるということはできない。それゆえ同人の本件執行停止の申立は行訴法二五条三項にいう「本案につき理由がないとみえるとき」に該当するものと認めるのが相当である。

そうすると、相手方高京伍の本件執行停止の申立(ただし、原決定主文第一項関係部分)は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

4  相手方許利子、同高初子、同高美子、同高順子及び同高城一の申立について

(一)  前記事実によれば、相手方許は法二四条一号に、その余の相手方初子らはいずれも同条七号にそれぞれ該当するものと認められるところ、相手方許らに関する前記認定の諸事実をもつてするも、現段階において本件裁決及びこれを前提とする本件令書発布処分につき(これらの諸事実に対する評価が社会通念にてらし著しく合理性を欠くかどうかなど本案の理由審査の余地が全くないほどに)相手方許らの主張する如き瑕疵が全然存しないものとはにわかに断定し難く、この点に関する判断は、すでに当事者双方から必要な関係資料が相当に提示されている今日、今後可及的速かな本案訴訟における審理の推移に俟つべきものとするのが相当であるから、相手方許らの本案執行停止の申立が行訴法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」に当たると認めることはできない。

しかして、本件退去強制令書が執行され相手方許らが本国に送還された場合、同人らが訴えの利益を全く失ない、仮りに勝訴しても本邦在留の状態への復帰が不可能となるというものではない。すでに本案訴訟には、訴訟代理人が選任され訴訟追行中である。しかしながら、既述した本案訴訟の審理に徴するとき、相手方許らが一審判決をうるまでの間本案訴訟を維持するにつき事実上相当な困難を伴うことは否定し難く、たとえ右訴訟において勝訴の判決を得たとしても、送還の執行前に相手方許らが置かれている状態を回復するについて、法制度上の保障はなく、事実上多くの困難に逢着するであろうことが推認される。従つて、相手方許らは送還の執行によつて回復困難な損害を受けるものというべく、右の如き損害を避けるためには、少なくとも本案の一審判決の言渡しの日まで送還部分の執行を停止すべき緊急の必要性があるものと認めるのが相当である。

(二)  しかしながら、収容部分の執行については、前叙認定の諸事実によつて、相手方許らが右部分の執行によつて回復困難な損害を受けるものと認めることはできない。すなわち、右事実によれば、相手方許は東大阪市内に家屋を所有し、相手方高京伍とともに洋傘製造業を自営している者であり、その余の相手方初子らはいずれも韓国人学校である中学校あるいは小学校に在学中であるから、収容部分が執行されると、相手方許らは稼働の面や学業、教育上また保育上において支障を生じ経済的あるいは精神的な損害を被るであろうことが推認されないではないけれども、法五二条五項にいう収容は、強制令書の発布を受けた者につき、送還が可能になるまでの間、その身柄を確保するとともに本邦内において従前の如くに在留活動をすることを禁止することを目的とするものであるから、右の如き損害は収容部分を執行されることによつて通常生ずべき損害に過ぎないものであり、回復困難な損害には当らないものといわねばならない。

本件記録を検討しても、他に相手方許らが本件退去強制令書の収容部分の執行により回復困難な損害を受けこれを避けるため緊急の必要があるとの疎明はない。

(三)  また、抗告人の主張に照らし本件記録を精査しても、相手方許らにつき、一審判決の言渡しの日まで本件退去強制令書に基づく送還部分の執行を停止することによつて公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるに足る疎明資料はない。

(四)  そうすると、相手方許らの本件申立(ただし、原決定主文第一項関係部分)は、本案事件の判決言渡の日まで本件退去強制令書に基づく送還部分の執行停止を求める限度で理由があるけれども、その余の申立は失当といわねばならない。

5  ところで、相手方高京伍と相手方許らは、夫婦、親子の関係にあり、一世帯をなして同居生活をしていることは前記認定のとおりであるところ、前叙の如く、相手方高京伍について本件執行停止の申立を理由なしとし、相手方許らの申立中、送還部分の執行停止に限り理由があるものとする場合にも、相手方許らにおいて自発的意思に基づき相手方高京伍と共に帰国することは許されているし、他方相手方許らにおいて韓国への帰還を望まず自らの意思に基づき執行停止のまま本邦にとどまることを望む場合には、家族が暫時離れ離れに生活することになるけれども、本来、在留資格の取得(存否)あるいは特別在留許可の付与は本邦入国者(在留外国人)につき各人毎にその要件具備の有無が審査されるべきものであり、世帯単位あるいは家族単位に右要件の存否を判定すべきものではないと解されるのであるから、相手方ら各人毎に本件申立の適否を検討した結果、右の如き事態となつたとしてもやむをえないものというべきであり、また将来、相手方許らに対しかりに在留許可が付与されその結果もし相手方高京伍が適法に本邦に入国の機会を得ることができれば、相手方らは本邦において従前の如く同一世帯の家族として生活をすることも全く考えられないわけではなく、他方相手方許らについても本案請求が理由なしとされ本国に送還されれば本国において家族同居の生活が十分実現可能であると考えられるから、家族離散を招来するものには当らない。

6  以上のとおりとすれば、相手方高京伍の本件申立(ただし、原決定主文第一項関係部分)は理由がないからこれを却下し、相手方許らの本件申立(ただし、原決定主文第一項関係部分)は本案事件の第一審判決言渡の日まで本件退去強制令書に基づく送還部分の執行停止を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の申立はこれを却下すべきである。

よつて、右とその趣旨を異にする原決定主文第一項中、相手方高京伍に関する部分を取消し、右部分の申立を却下することとし、同原決定主文第一項中相手方許利子らに関する部分を主文第四、第五項のとおり変更することとし、申立費用及び抗告費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

別紙1抗告理由

原決定は、本件退去強制令書(以下「退令」という。)に基づく執行の停止決定を行つたものであるが、右決定は、退令に基づく執行を停止したことにおいて不当であるばかりでなく、送還部分に限らず収容部分をも含め無限定に執行を停止したことにおいても到底容認し得ないものであり、抗告人は、抗告の理由を原審における意見書を援用するほか、次のとおり主張する。

一 原決定は、自由裁量処分に対する司法審査方式及び違法判断基準についての解釈を明らかに誤つたものであり、本件執行停止の申立ては、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものである。

1 国家は、条約等特別の取決めの存しない限り、外国人に対しその入国及び在留を許可するかどうかを自由に決することができ、その反面として、外国人は当該所属国以外の国家に対しては、入国及び在留の権利を有するものでなく、このことは国際慣習法上の大原則として認められているところである(意見書掲記の最高裁昭和三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三ページ、東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決・行裁例集八巻一〇号一九三〇ページ、最高裁昭和三四年一一月一一日判決・民集一三巻一二号一四九三ページ参照)。

我が国における出入国関係を規律する法としては出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)が存在するが、同法も右の国際慣習法を前提として定められているのであつて、その入国及び在留に関する処分は、原則として自由裁量処分であることは多言を要しない。

2 法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)も法務大臣の自由裁量により決せられるものであることは、法の性格及び法五〇条の規定にも何らの制限が付せられていないことからして明らかであつて、この点は判例上も確立しているところである。

特に、特在許可は、外国人の出入国に関する処分であり、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、公安、衛生、労働事情等の国内事情及び国際情勢、外交政策等の対外的事情が総合的に考慮されるものであることから、同許可の裁量の範囲は極めて広範囲にわたることとなる。

また、特在許可は、退去強制事由に該当することが明らかであつて、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であることから、他の一般の行政処分とは異なり恩恵的措置としての性格をも有していることを重視すべきである。

3 そして、右のような自由裁量行為の裁量権の行使についての司法審査は、「一応、処分権限を与えられた行政庁の自由に任されているものであるから、裁判所は、右のような行為について裁量権の逸脱、濫用により違法となるかどうかを判断するにあたつては、処分をした行政庁と同一の立場に立つて当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断し、その判断の結果を行政庁の判断に置き代えて結論を出すことは許されず、あくまでも、それが行政庁の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがないかどうかを判断すべきものであることは当然である。」(越山安久・最高裁判所判例解説民事篇昭和五三年度四四五ページ)と解されており、これが確定した最高裁判例でもある(最高裁昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一二二五ページなど)。

右法理は、法五〇条一項三号の特在許可の付与に関する法務大臣の自由裁量行為の裁量権の行使についても当然に当てはまるものというべきである。すなわち、法が特在許可の付与を法務大臣の自由裁量に委ねることとした趣旨が、前述のとおり特在許可の許否を的確に判断するについて、多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮もしなければならないとすることによるものであることからすると、その判断は、国内及び国外の情勢について通暁し、常に出入国管理の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないからであり、それゆえ、裁判所が法務大臣の裁量権の行使としてなされた特在許可の許否の決定の諾否を審査するに当つては、法務大臣と同一の立場に立つて右特在許可をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断するのではなく、法務大臣の第一次的な裁量判断が既に存在することを前提として、右判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められるかどうかを判断すべきであるものというべく、しかして右逸脱、濫用したものと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

4 また、特在許可の裁量権の範囲を考えてみるに、前述のとおり同許可は自由裁量処分であるから、この点だけを考慮するにしてもそれが裁量権の範囲の逸脱又はこれを濫用したとして違法との評価を受けることは稀であるといえるが、更に特在許可は、前述のとおり、その考慮されるべき対象自体が個々の外国人の個人的事情に加え国際情勢及び外交政策等の客観的事情等広い範囲に及んでおり、それに伴い右裁量の範囲も極めて広範囲にわたつていること、また特在許可自体恩恵的措置としての性格を有していることを併せ考えると、それが違法との評価を受けるのは、ますます限定的に解されることとなるのである。

この点に関連して最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決(民集三二巻七号一二二三ページ・マックリーン最高裁判決)は、在留期間を一年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した当該原告がその後一年間の在留期間の更新を申請したところ、法務大臣は一二〇日間の在留期間の更新を許可したので、当該原告はその後更に一年間の在留期間の更新を申請したが、法務大臣は右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものといえないとして右更新を許可しないとの処分をしたので、右処分の取消しを求めた事案であるが、右判決においては最高裁は、出入国管理令(注、現在は法)二一条三項の法務大臣が外国人の在留期間の更新を許可するかどうかの裁量権について「裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するにあたつては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法であるとすることができるものと解するのが相当である。」と判示している。

このような観点から法五〇条一項三号の法務大臣の特在許可の付与についての自由裁量権の範囲についてみてみると、外国人の在留期間の延長は憲法上保障されたものではないにしても、当該外国人は、当初適法に在留していた場合であり、また、在留期間更新の申請権も認められているのに対し、特在許可の付与が問題となるのは通常の場合、当初から違法に在留している不法入国者に関してであり、それらの者については特在許可の申請権も認められていないのであり、また、法文上も在留期間の更新について定めた法二一条三項は、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」とするのに対し法五〇条一項三号は、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」特別に許可することができると規定している。

このように、被処分者の権利・利益の点からみれば、在留期間更新の場合の外国人の方が特在許可の場合に比して法律上はより保護されており、また、法文上も在留期間の更新を認め得る場合について、特在許可を認め得る場合に比してより緩和して規定しているものということができることからすると、法務大臣の特在許可の付与についての自由裁量権の範囲は、在留期間の更新の場合の法務大臣の裁量権よりも広くそれゆえ裁判所の審査の及ぶ範囲は狭くなるというべきである。

そうすると、法務大臣の特在許可についての裁量権の行使が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるのは前記在留期間の更新に関する最高裁の示した基準より更に限定されることは明らかであるから、法務大臣の特在許可についての裁量権行使が違法となるかの判断に当つては、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した「法務大臣の判断が裁量権の行使としてされたものであることを前提とすること」「右判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか」「事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうか」との基準を少なくとも違法となる最大限の場合として、それよりも限定して解釈すべきであると思料する。

5 被抗告人らは、本案訴訟において、平等原則に違反し、あるいは人道に反すること等を理由として特在許可を付与しなかつたことに裁量権の範囲を逸脱しないしそれを濫用した違法がある旨主張しているが、右各理由が自由裁量権の行使について、右のごとき違法の存することを首肯せしめるに足るものでないことは主張自体からしても、また、疎明の結果からしても明らかであつて、この点は原審意見書第三の一、三において詳述したとおりである。

そもそも被抗告人高京伍(以下、「被抗告人高」という。)は、本国で出生し、成育し、教育も本国で受けるなど出稼ぎ目的で昭和三五年七月に第一回目の不法入国をする二〇歳半ばころまでは本国内で生活を営んできたものであり、申立人許も昭和一四年三月本邦において出生したものではあるといえ、同一八年満四歳ころには両親とともに韓国へ帰国し、その後は、引続き同地で生活し、韓国人男と婚姻して子供をもうけるなど同国社会に定着し、その生活を送つていたものである。

すなわち、被抗告人高及び同許は、本邦不法入国以前は本国で居住生活していた健康な壮年男女であつて労働能力は十全であることに加えて、申立人らの年齢や韓国、本邦での滞在中における生活実績に照らせば申立人らは本国においてその生活を維持することに、さしたる困難は予想されない。

すなわち、申立人高は、健康な男子であるから、労働意欲と生活にあたり真面目な努力をすれば、一家六人が韓国において十分に生活して行くことができる筈である。もつとも、日韓両国の経済格差等を考えれば申立人らが韓国に送還された場合、現在維持している生活程度に変動をきたすかも知れないが、それは申立人ら全員が不法入国者あるいは不法残留者である以上やむを得ないことといわなければならない。また、申立人高は、我が国に不法入国して以来鉄工員、傘製造工等として稼働し、相当の資産等を得るに至つているが、帰国に当たつてはこれを換金して持ち帰ることが可能であるところ、右金額は日韓両国の貨幣価値の相違を考えれば、相当な額に達するものであり、これを申立人らの生活維持の資本とすることもできるのであつて韓国における一家六人の生活に何ら不安はないというべきである。

また、申立人高、同許には申立人初子らを除いて本邦にその扶養を必要とすべき係累は存在しておらず、むしろ本国には申立人許の母や姉3名、先夫との子や、申立人高の長男、姉らが居住しているのであるから申立人のみが本国で生活できないとは考えられないところであり、また、本国においてこれらの者に対し必要な限り扶養の義務を尽くすべきである。

申立人初子らはいまだ未成年であり、申立人高及び同許を父母とし、その扶養を受けているものであるから、父母とともに本国に帰国しても特別の支障が生ずるとは認められない。

また、申立人初子らは韓国系の学校法人金剛学園が経営している韓国中学校及び金剛小学校に在学し、韓国におけると同じ教育を受けているものであるから、帰国して本国の教育機関で勉強することに何ら不自由はないのである。

そうすると、被抗告人高、同許について韓国に送還することについて何ら非難される点は存しない以上、被抗告人らの韓国への送還が適法であることは明らかであるといわなければならない。

このような被抗告人らについての事実関係を前提として、前述の自由裁量行為についての司法審査方式及び特在許可の裁量権の範囲を適用すれば、本案訴訟が「本案について理由がないとみえるとき」にあたることは明らかである。

6 以上のとおり、本件特在許可付与に関する法務大臣の裁量権の行使には何らそれを濫用し、その範囲を逸脱したとの違法は存しないことは明白であるから、本件執行停止申立ては、「本案について理由がないとみえるとき」に当たるものとして却下されるべきであり、これについて誤つた判断をした原決定は取消さなければならない。

二 原決定は、退令に基づく執行により、被抗告人らにとつて回復困難な損害が生じ、それを避けるために緊急の必要性があると判示しているが、右判断は、以下に述べるとおり行訴法二五条二項の解釈を誤り、かつ、申立人らの不利益を過大に評価した誤りがあり、失当であるというべきである。

1 すなわち、原決定は、まず強制送還が実施されると、「本案訴訟における訴の利益が消滅して本案訴訟による救済を受けられないおそれが生じると考えられる。また、仮に、被抗告人らが本案訴訟で勝訴しても、被抗告人らが本邦在留の状態に戻ることができるか否かも明らかでない。」として被抗告人らが本国へ送還された場合における不利益は、被抗告人らにとつて回復困難な損害というべきであり、更に、その損害を避けるため緊急の必要があるというべきであるとしている。

そこで、本件退令処分に基づく執行によつて、本案訴訟における訴えの利益が消滅するかどうかについて検討するに、申立人らが韓国に送還されたとしても、その後、仮に被抗告人らが本案訴訟に勝訴したときは、旅券等を所持して本邦に正規入国することは可能であり、その場合においては、法五条一項九号後段の適用を免れるうえ、本邦での在留が容認されるのであるから、本案訴訟を維持するだけの利益があることは明らかである。

したがつて、原決定が被抗告人らが本国へ送還されることにより、訴えの利益が喪失すると判断したことは誤りであり、また、本邦在留の状態が復帰しないとしたことも誤りである。

なお、原決定のように申立人らが韓国に送還されること自体が、行訴法二五条二項の「回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある」とする解釈は、退令被発付者が、取消訴訟等の提起と共に執行停止の申立てさえすれば、その本案訴訟が訴訟要件を欠くなどして却下される場合を除き、ほとんどの場合、送還部分の執行停止を決定しなければならないこととなり、結果的に執行停止の申立てをすることに執行停止の効力を認めたのと同様になつて行訴法二五条一項が規定する「執行不停止の原則」に反するものであり、法の到底許容するところではない。

2 また、原決定は、「被抗告人初子は中学校、美子、順子、城一はいずれも小学校在学中であるから、初子らを本案判決まで相当期間教育施設が整備されていない大村入国者収容所に収容し続けることは、初子らにとつてはもとより、初子らを監護教育すべき高、許らにとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあり、この不利益は申立人らにとつて回復困難な損害というべきであり、その損害を避けるため緊急の必要があるといわなければならない。」として退令に基づく執行のうち送還部分のみならず、その収容部分をも停止しているが、収容部分の執行停止を認めることは、以下にのべるとおり誤りである。

(一) まず、原決定は、退令に基づく収容(以下「退令収容」という。)(法五二条五項)の目的を正解していない。すなわち、退令収容は、単に強制送還のための身柄の確保をはかるのではなく、退令発付によつて本邦在留の法的根拠(在留資格)を有しないことが確定した外国人を隔離し、その在留活動を禁止することにある。

しかるに、原決定が、収容部分の執行停止理由として、被抗告人らの教育上、保育上著しい不利益を考慮し、我が国における教育施設での教育を容認しているのは、原決定が退令収容の目的を誤解し、退令による収容の目的を単に送還のための身柄の確保のためとのみ理解していることを示すものであり、退令収容の目的のうち退令発付により本邦在留の法的根拠(在留資格)を有しないことが確定した外国人の在留活動自体を禁止するためであることの認識を欠いていることを示している。

(二) そもそも本邦において在留活動を認められる外国人は、出入国港において法の定める上陸の手続を行い、入国審査官等により在留資格及び在留資格に対応する在留期間を付与されるが、上陸の手続を経ることなく本邦に在留することとなる外国人は、法務大臣に対し在留資格の取得の申請をして在留資格及び在留期間を付与されるか、あるいは法第五章に定められた一連の退去強制手続を受けた後、法務大臣により在留を特別に許可された場合に限られるのである。右許可にあたつては、外国人に許容される活動範囲を限定するため、在留資格が決定、付与され(法九条三項、四条)、外国人は与えられた在留資格に属する活動のみが許され、それ以外の活動に従事しようとするときには、予め在留資格変更許可(法二〇条)、あるいは資格外活動許可(法一九条二項)を受けなければならず、また、定められた在留期間を越えて引続き在留しようとするときには、その在留期間満了前に在留期間更新許可を受けなければならない(法二一条)。右のような許可を受けることなく在留資格以外の活動に従事し、あるいは、その在留期限を越えて在留すれば処罰され、又は、退去強制の対象となるのである(法二四条四号イ及びロ、法七〇条四号及び五号、七三条等)。

したがつて、退令を発付された外国人は、すみやかに法所定の送還先に送還されることになるが(法五二条三項)、送還部分に限つた執行停止決定がなされたり、被送還者受入国の都合等により当該外国人を直ちに本邦外に送還することができないときに限り送還可能のときまで、その者を入国者収容所等に収容することとなつているのであり(法五二条五項)、たとえ仮放免を許可される場合(法五四条)であつても本邦での在留活動は制限的に認められるにすぎない。

法律上外国人に対しこのような厳重な在留規制を行つているにもかかわらず、退令被発付者からの退令執行停止の申立てに対し、その収容部分までの執行停止を認めることは、法による規制から全面的に解放することを意味し、本邦での規制のない在留を認めることとなるのである。

(三) ところで、前記一、1で述べたとおり、外国人の入国及び在留を許可するかどうか、許可する場合でもいかなる条件で許可するかは国家固有の権能に属し、特に条約で取決めのないかぎり国家はこれを自由に決することができるというのが国際法上の大原則であるが、その許否のための手続は、前記(二)において述べたとおり、法律により厳格に規定されている。これは、一旦外国人の入国、在留を許可すれば、在留資格、在留期間による規制を受けるとはいえ、通常予想される日常活動はもちろんのこと、財産の取得、契約の締結等により事実上及び法律上の関係をわが国の国民を含む第三者と結び、日々その関係を深め発展させて行くのであるから、外国人一人の入国と言えどもその本邦社会への影響は軽視すべからざるものがあるからであり、国(行政機関)は常に重大な責任を国民に対し負つているのである。

(四) しかるに、退令に基づく執行のうち、その収容部分までをも行訴法二五条二項により停止することは、前記(二)で述べた法による外国人在留管理行政の根幹たる在留資格制度を混乱させるものであつて、正に行訴法二五条の定める執行停止制度の濫用となるものというべきである。

すなわち、行訴法二五条一項は、まず「執行不停止の原則」を掲げ、同条二項、三項において例外的に執行を停止しうることを規定しているが、これはあくまで被抗告人が現在保有している権利・利益の保全のため暫定的措置として認められているものである。

したがつて、行政処分の執行を停止する場合には、正当な権利・利益の暫定的保全という目的達成のため必要最小限の範囲に止めるべきであり、その範囲を越え結果として新たな行政処分がなされたと同一の状態を招来し、被処分者に対して新たなる利益の保持を可能ならしめるような執行停止は、その濫用になるといわねばならず、ひいては司法が行政権限を代行したと評し得ることともなり、「三権分立の原則」にも反することとなるのである。

退令収容の執行停止は、前述のように被退令発付者たる被抗告人らに対し、相当長期間にわたる本邦在留を可能ならしめ、しかも前述の入国審査官等による上陸許可、法務大臣による在留資格取得許可あるいは特在許可が与えられないまま、あたかも不法入国し、違法に在留していた状態と何ら変らない状態を作り出すものである。したがつて、その場合法七条一項各号所定の上陸許可の条件は何ら考慮されず、また、法二二条の二第三項において準用する法二〇条三項にいう在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるか否かの判断並びに当該在留資格に属する者の行うべき活動に係る行政の所管大臣との協議もなされず、さらには、法五〇条により法務大臣が特在許可を与える場合考慮される国際情勢、国内政策その他主観的、客観的事情についての判断もなされないまま、不法入国者を日本社会の中に放免する結果となるのである。

法律による厳格な手続きを経た後、初めて許される外国人の本邦在留(それも在留資格、在留期間による制約がある。)が、司法機関により、手続的には略式の保全訴訟手続を定めた行訴法の執行停止制度により簡単に、しかも正規に入国あるいは在留を許可された者よりも格段に有利な条件(正規に在留している外国人が本邦在留するにつき種種の規制を受けているのに比して何らの規制も受けることなく日本国民と何ら変らない活動をすることが、あたかも公認されたような状態)によつて許容され得ることは法制度上からも許されるべきではない。

以上のとおり、本件退令収容の執行停止は、行訴法上の執行停止制度の趣旨に反し、その濫用となるものであることは明らかである。

3 原決定は、前述のように執行停止制度を濫用して決定するという誤りを犯した上、さらに被抗告人初子は中学校、美子、順子、城一はいずれも小学校在学中であるから、初子らを本案判決まで相当期間教育施設が整備されていない大村入国者収容所に収容し続けることは、初子らにとつてはもとより、初子らを監護教育すべき高、許らにとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあることを理由として退令収容が被抗告人ら全員について「回復困難な損害」を与えるとの誤つた判断をしている。

(一) まず不法入国、不法残留者が本邦において、いかなる社会的経済的地位を得ていようとも、意見書第三の三において述べたごとく、それらは、不法入国という違法行為から出発し、これを基礎に積み重ねられたものであり、早晩清算を余儀なくされることが当初から客観的に予定されているものであるから、何ら法による保護を受け得る性質のものではなく(最高裁昭和五四年一〇月二三日判決)、むしろそれが退令収容に通常随伴して発生する範囲内のものである限り法の予見認容する受忍限度内のものとして行訴法二五条二項にいう「回復困難な損害」には当たらないというべきである。

(二) ところが、原決定は、被抗告人初子らの小学校、中学校通学という事実をとらえ、これらの者を収容し続けることは、被抗告人初子らはもとより同人らの両親である被抗告人許らにとつても教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあり、「回復困難な損害」が生じるとして被抗告人らすべてに対し、退令収容の執行停止を認めたのであるが、原決定の右判断は以上の理由により容認できない。

そもそも、行訴法二五条一項が、いわゆる「執行不停止の原則」を掲げているのは濫訴の誘発を予防し、行政の停滞や行政運営の不当な阻害を防ぐことが重大な国家利益として尊重されるべきであるからであり、執行停止決定をなすには、同条二項、三項に規定される積極・消極の諸要件につき慎重な判断が要求されるところである。したがつて、二項規定の「回復困難な損害」についても厳格に解されるべきであり、行政処分と相当因果関係を欠くもの、相当因果関係は認められるがその発生が不確実ないしは時間的に隔りがあるもの(緊急の必要性という文言からもこのことは導かれるであろう。)、損害自体が不明確で抽象的なものなどは、「回復困難な損害」には該当しないというべきである。そこで、退令収容により発生するものとして原決定が認定した就学中の被抗告人初子ら及びその両親である被抗告人許らに生じる教育上、保育上の不利益が、「回復困難な損害」に当たるかどうかを考察するに、退令収容と教育成果を期待することの困難性という損害との間に相当因果関係は認められなくはないが、被抗告人らを退令収容した場合、一口に教育上、保育上著しい不利益を被るおそれがあるといつても、実際に人格形成等に如何なる影響があるかは現在のところ不明確であり、たとえ影響が若干あるとしても教育というものの性質上、その影響は、長期的視野に立つて見た場合に判断し得ることであるから、時間的にその発生が切迫したものとはいい難い。このことはまた、両親が子の教育によつて得るであろう利益についてもいえるのであるが、そもそも、この場合には退令収容との間に相当因果関係があるとは肯認し難い。したがつて、被抗告人らが、退令収容により受ける教育上、保育上の影響は退令収容に通常随伴して発生する範囲を超えるものではなく、行訴法二五条二項が規定する「回復困難な損害」には当たらないというべきであり、したがつてそれを避けるための「緊急の必要性」は存しないというべきである。

(三) 以上のように、原決定は、執行停止の緊急の必要性の解釈自体にも誤りがあるが、このことは、最近における本件と同種事案(韓国人不法入国者夫婦とその子供らが本邦での在留を希望して法務大臣の特在許可を付与しない処分等を争つた事案)の決定において、「不法残留者である子供らはわが国で教育を受ける権利を保障されたものではない(疎乙第八六号、第八七号証)等の理由により、いずれもその本案について理由がないとみえるときに当たるとしてそれぞれ却下及び棄却決定されていることからも明らかである(疎乙第七七号、第九五号ないし第九八号証)。

また、近年、退令収容の執行停止を認めた決定例(ただし、一件を除く。)はなく昭和四〇年代に原審が退令執行について全面停止決定をしたものが散見しうるにすぎないが、これらについてすら、抗告審の決定においては「本案について理由がないとみえるとき」にあたるとして原決定が取消されたうえ申立て却下とされているという事実に徴して考えてみても、本決定が失当であることは明らかである(仙台高裁昭和四二年三月九日決定昭和四一年(行ス)第二号金孟嬢事件訟務月報一三巻四号四六八ページ、東京高裁昭和四五年四月一三日決定昭和四五年(行ス)第四号禹昌信事件行裁例集二一巻四号六九二ページ、疎乙第九九号証)。

なお、一審における退令執行(全面)停止決定を変更し、抗告審において収容部分の執行停止申立ては棄却し送還部分のみの執行停止した例として

昭和五一年三月三一日大阪高裁決定、昭和四九年(行ス)第二号金用昌事件(疎乙第一〇〇号証)があり、また最近において一審において収容部分の執行停止申立ては却下され、送還部分のみが執行停止された例として次のようなものがある。

昭和五八年一一月一五日大阪地裁決定昭和五八年(行ク)第三二、第三三号文順徳ほか一名事件

昭和五八年一二月五日大阪高裁決定昭和五八年(行ス)第一四号文順徳ほか一名事件(疎乙第一〇一号証の一二)

三 さらに、原決定は、「本件令書発付処分の執行を停止することによつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認めるに足りる疎明がない」としているが、右判断も以下に述べるとおり誤りである。

1 すでに意見書第五において述べているとおり退令に基づく送還につき、執行停止がなされると、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるというべきである。

すなわち、被抗告人らはその本国である韓国への送還が一応予定されており、右送還については、韓国領事による被抗告人らとの面接、それに続いて韓国政府とわが国との折衝を経てなされるものである。

このように、日韓両国間で、送還折衝が終了し、送還者名簿に登載されている段階で、訴え提起及び執行停止申立てがなされた場合に、原決定のように安易に執行停止を認め送還を不可能にすることは入国管理行政を著しく停滞せしめると同時に、今後の送還交渉にも多大の支障を及ぼすことは明らかである。

すなわち、従来送還折衝の場において韓国政府は被退去強制者のすべてを引取つてきたわけではなく、相手国の引取り拒否に対してわが国のねばり強い折衝の結果、その実現を果たして来たという経緯が存するのであり、右経緯にかんがみ、裁判所が、安易に執行停止を認めた場合は、わが国の国際的信用が大きく損われ、これを契機に再び韓国政府が引取りを拒否することにもなりかねず、これは、単に個々の被退令発付者の送還が阻止されることにとどまらず、今後の送還交渉にも重大な支障を生ずるものであることは明らかといわなければならない。また、今後の同種事案における濫訴の弊害や外国人の強制送還に関して善良な納税者が多大の行政経費を負担させられていること等を併わせ考えるならば、執行停止決定がなされることが妥当でないことは顕著な事実であり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることは明らかであるといわなければならない。

2 また、退令収容の執行停止がなされると、次のとおり公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることが明らかである。

(一) 退令発付を受けて収容されている者については、入国者収容所長又は主任審査官は情状、証拠、性格、資産等を考慮して一定の保証金を納付させかつ必要条件に付して仮放免をしうることとされているところ(法五四条)、右被収容者に対し退令の執行が全面的に停止されれば、退令仮放免の余地は全くなくなり、仮放免の場合であれば課せられうる各種の条件、負担のないまま当該外国人は放免されることとなるのである。したがつて、その後の住居、行動範囲、出頭義務等の制限及び条件等の最低限の規制すら加える余地がなくなるのであり被抗告人らの日常生活、所在等を有効に把握し得る方法がない。

このように、万一の場合の身柄確保について何らの配慮もせぬまま不法入国者を日本社会へ放置するも同然の事態は、仮放免制度の根底を覆し、今後の退令の執行を困難にし、すべての人の出入国の公正な管理(法一条)を著しく乱すものである。

なお、被収容者について収容継続の妥当性を欠くなどの事態に至つた場合には前述の仮放免制度を活用し、適切な管理行政をなす余地もあるのであるから、この点からみても退令収容の執行を停止しなければならない必要性は少しも存しないというべきである。

(二) 以上によれば、退令収容処分の執行を停止することは公共の福祉に重大な影響を生ぜしうることは明白である。

四 以上のとおり、被抗告人らに対して退令執行を停止した原決定は全く失当であるから取消されるべきであり、また、少なくとも原決定のうち収容部分の執行停止決定はその必要がないことは疑問の余地がないので、すみやかに取消し、本件執行停止申立ては却下されるべきである。

別紙2訂正後の抗告の理由

訂正後の抗告の理由は、以下の一、二のほかは昭和六一年三月二六日付け即時抗告の申立書、「抗告の理由」のとおりである。

一 冒頭の主張につき、

「原決定(ただし、本案の第一審判決言渡し後本案の裁判が確定するまでの部分を却下した部分は除く。)は、本件退去強制令書(以下「退令」という。)に基づく執行の停止決定を行つたものであるが、右決定は、退令に基づく執行を停止したことにおいて不当であるばかりでなく、送還部分に限らず収容部分をも含め執行を停止したことにおいても到底容認し得ないものであり、抗告人は、抗告の理由を原審における意見書を援用するほか、次のとおり主張する。

二 四項につき、

四 以上のとおり、被抗告人らに対して退令執行を停止した原決定(ただし、本案の第一審判決言渡し後本案の裁判が確定するまでの部分を却下した部分は除く。)は全く失当であるから取消されるべきであり、また、少なくとも原決定のうち収容部分の執行停止決定はその必要がないことは疑問の余地がないので、すみやかに取消し、本件執行停止申立ては却下されるべきである。

別紙345 補充意見書〈省略〉

別紙6意見書(第一回)

一、相手方ら家族六名は、退去強制命令発布後まもなく仮放免され、更新されてきたところ、三月二四日、特段の事由もなく仮放免の更新が拒絶され、同日全員が再収容された(収容後しらされたところ、三日後の三月二七日に集団送還の飛行便が出る段取りであつた)。

相手方の執行停止申立に対して、原審がおこなつた執行停止決定は、結論的には当然、正当なところである。

抗告人が原審決定当日(三月二六日)に即時抗告を申し立てている。この日、相手方ら六名は大村収容所に列車で送られ、夕刻、決定に従つて釈放され、同日夜の飛行機にて(自費で)大阪に帰つてきた。送還および収容という取り返しのつかない結果を招来することを、とりあえず判決のなされるまで待ちなさいという裁判所の判断がある以上、これを尊重して、主張するところは本案訴訟にて展開するというのが、行政としての公正な態度ではなかろうか。あえて、それに対して即時抗告し、あくまで訴訟中の相手方らを送還させようということは、児童福祉の観点ないし人道的見地からも、容認しがたい態度である。

本件抗告はすみやかに棄却されるべきである。

二、家族全員の執行停止例、仮放免許可が裁判中継続更新された例も多数存在する。

極く最近の例でも、本件と同様、学齢期の児童を含む家族全員の退去強制令書の執行を全面的に停止した執行停止命令がなされており(大阪地方裁判所第二民事部・疎甲第二五号証)、即時抗告も棄却されてそのまま確定している(大阪高等裁判所第八民事部・疎甲第二六号証)。

本件の原審での、抗告人の意見書を検討すると、根拠がないというか、虚偽のいいつぱなしの事柄もおおく、抗告理由においても、同様のことが予測される。

例えば、抗告人の原審意見書二三丁裏(第四、四)では、「これまで申立人らからは四回にわたり帰国のための家事整理等を理由に引続き仮放免をしてほしいとの期間延長願いがあつた」と主張するが、これは、まつたくの虚偽である。本件相手方らの仮放免は、代理人木内道祥が保証人となり、更新の際にも同代理人が毎回同道し、延長許可願いを提出したが、帰国のための家事整理等を理由にしたことは全くない。その事実があるというのなら、延長許可願書を証拠として提出すべきである。相手方らは一度も帰国を承諾したことなく、あくまで日本に居住したいと述べてきたのである。

また、抗告人の原審意見書二四丁(次の丁)で、「領事面接を受けた際に、今回の送還の対象とされていることを承知していた」というのも嘘である。

一月二四日に仮放免の更新のため相手方高京伍と保証人である弁護士木内道祥が出頭したところ、二月一八日に領事面接のために大村収容所に出頭せよ、間違いなく出頭するという誓約書を書いて貰わないと仮放免の更新もできないといわれた。また、日本にいたいというなら領事に要請すればよいともいわれた。突然のことなので、ともかく数日の余裕を求め、一月二九日の再来を約した。仮放免の期間は、それまで一ケ月単位で更新されていたが、その際の相手方高京伍については、指定された大村への出頭日の直前の二月一四日までとされたのである。

仮放免の更新の条件とされたのではやむをえないので、高京伍は大村に出頭することとし、一月二九日に提出した誓約書(大村への出頭を指定されたので出頭する旨の誓約書。)が疎甲第二七号証であり、二月一四日の、大村行直前の仮放免更新では、自分で出頭を指定した大村行きについて、一時旅行許可申請書(疎甲第二八号証)を出させるという「お役所仕事」であつた。

こうして、高京伍は大村に出頭して領事と面接したが、日本在留を希望する旨の詳細な書面を持参して提出した(疎甲第二九号証)ほどであり、そこで領事も事情をききとるのみであり、高京伍が、今回の送還の対象となることを承知していたというのは全く事実無根である。

また、相手方高初子以下四名の児童の学業につき、原審抗告人意見書二〇丁表(第四、三、1)では「収容により一時学校教育を受けることができなくなるとしても、その間の遅れは後に容易に取り戻し得るところであり、また、両親や収容所職員の指導により自主的な勉強も期待できるので填補され得るものである」というが、別件の執行停止事件に対する意見書では、「申立人らの中に学齢期の児童が二名いることから、申立人らを教育施設が整備されていない同収容所に収容し続けることとなり、かえつて人道上の見地から許されない結果を招来する」(疎甲第一五号証の執行停止決定二四丁の入国管理局側意見書)と主張していたのであり、それが昨年一一月のことであり、本件の原審である三月時点までの間に、大村収容所に教育設備が新設でもされたというのであろうか。舌の乾かぬ内にいうのはこのようなことをいうのである。

右三点をとりあえず指摘したが、これ以外にも、原審の抗告人の意見書についてだけでも、多数の事実および法律的な主張での反論をなすべき点があり、疎明方法の追加を準備中である。抗告理由書はまだ受領していないが、これについても多くの反論と反証を加えるべき点があろうと思われる。

近く、相手方ら本人ないし代理人との面接もお願いする予定であるが、とりあえず、第一回の意見書としてこの書面を提出し、慎重なる審理と、人道的処遇をお願いする次第である。

添付書類〈省略〉

別紙7意見書(第二回)その一

執行停止と裁判を受ける権利について

1、抗告人は、抗告理由二1において、強制送還が実施されたとしても、本案訴訟を維持する訴えの利益があることは明らかである旨主張する。

2、しかし、現に、送還が実施されてしまつた事案において、なお、退去強制処分取消しの訴えを求めた裁判において、入国管理局側自らが、「送還がなされたことにより訴えの利益が消滅した」との本案前の主張を行つている(東京地判昭和三八年五月二九日、行集一四巻五号一一一七頁)。裁判所も「一年以内に本邦に上陸する可能性があり、かつ他に上陸拒否事由がないことを前提とすれば」「本邦から退去を強制された者で退去した日から一年を経過しない外国人は本邦に上陸することができないこととなるから」、その場合に限つて訴えの利益を認める旨判示した。

3、「退令」の執行がなされると、その効力は直ちに終了するから、効力がなくなつた後においても、なお、回復すべき法律上の利益を有する場合のみ取消しの訴えは訴えの利益を認められる(行政事件訴訟法九条)。

先の判例は、旧出入国管理令五条一項九号後段の「上陸障害事由」に着目して、その除去が訴えの利益となるとしたのであるが、仮にそれが認められたとしても、本案訴訟の判決(確定判決)を退去の日から一年以内に得ることは、実際上極めて困難であるから、訴訟中に、退去の日から一年を経過すると、その時点で訴えの利益が消滅してしまう。

4、抗告人は、送還後も旅券等を所持して本邦に入国可能である旨主張するが、この再入国の可否の問題は、訴えの利益があることを前提として本案勝訴判決が得られた場合にも、現状回復が可能か否かの問題であつて、訴えの利益の存否自体の問題ではない。しかも、被送還者(不法出入国者)が、実際に旅券を得て出国を認められるか否かは、全く保証の限りでなく、送還の実施によつて、本案訴訟の目的そのものが達し得なくなる危険は否定できない。

5、従つて、執行停止申立の際、既に「本案について理由がないとみえる」場合は別として、未だ本案の審理が尽くされない時点においては、本案についての裁判を受ける権利(この権利は、法治国家において、最も基礎的な不可侵の権利といえよう)を認めるため、送還は停止されなければならない。

6、なお、抗告人は、右の如き解釈は「執行不停止の原則」に事実上反する結果を招くものと批判するが、これは強制送還が、こと左様に、極めて大きな不利益を被送還者に与えるがためである。立法論的にも、「退去強制に関する限り、執行不停止の一般原則を改め(中略)、訴え提起に執行停止効を与えることが望ましい」とするのが学説の多数であり、解釈上も、執行停止の要件の検討の結果、送還停止を認める結果となつたからと言つて、何ら不当なこととは言えない。

7、また、「裁判を受ける権利」とは、単に、訴状を提出し、代理人を選任等できるだけの権利であつてならないのは言うまでもない。

自己の訴えが、裁判上認められるための訴訟追行権が、実質的にも保証されるものでなければならない。

送還が実施されれば、訴えの利益の点は措いても、現実に訴訟を追行することは甚しく困難であり、事実上裁判を取下げることを余儀なくされる。また代理人を選任して訴訟追行する場合でも、大村の収容所に収容されたままでは、形式的には、訴訟追行は可能であるとしても、代理人との打合せ、本人に有利な証拠の収集、訴訟追行のための経済的基盤確保等が、実質的には、極めて不十分とならざるを得ないのは明らかである。

収容の執行は、生活上、教育上等の損害を含めて、このように甚大な不利益を被収容者に与えるものであるが、そのような不利益を与えつつ収容を継続する実質的な必要性が本当に存するか否か、極めて疑問ある。この点に関する抗告人らの主張は極めて抽象的なものでしかない。

別紙8〜13 意見書〈省略〉

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